2012_03
25
(Sun)23:55

呑気でいられなくなりました。

こんばんは、皆さん。

私、本当に過労で倒れそうです。いや、その前に、神経衰弱かなっ!? ――ふっ、どっちにしろ、精神的にダメージを受けましたよ、私は。というのも、今日、私のいる部門?から、ひとり欠けました。ご病気です。………カムバック、1日ひとりで仕事する時!! そんな日なぞ、いら――――ん!!!!!!! ただでさえ、人が少ないっていうのに、無理だよ~! 休めないじゃ~~ん(涙)!! ヘルプ! ヘルプ・ミー!!

すみません、取り乱しました。
でも、実際、もの凄く大変なことは事実です。1日も早く人を入れてくれないと、新店長の前で恥をさらけ出しますよ。


今日も、ある目的で顔を出したのですが、まさかこのように愚痴ることになるとは……。未熟者でスミマセン。
さて、今日の目的です。「能登半島地震」から今日(25日)で5年が経ちました。節目と言ってもいいでしょうか。数秒の揺れの間に、なくなったものや崩れたものがありました。その重さや大きさ、記憶が薄れることはあっても、なくなることは決してありません。近くに原発もあります。今思うと、そこに何もなくてよかったなと思います。

でも、人事ではいられません。「日本」がもう地震大国なのですから。おまけに火山もある、津波も来る、台風も来る。でも、その度ごとに立ちあがって来たじゃない。日本だけじゃないけど。現在だけじゃないけど……。

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2012/03/26 (Mon) 19:47 | # | | 編集 | 返信

○子さんへ ③

私は大分経ってから能登に行ったのですが、えぐられた山や道、崩れた家屋は今でも思い出すことが出来ます。それでも、私が行ったところはまだ被害の中心ではなく、中心地区を思い描くと、深い悲しみで心がえぐられます。

そして、つい最近、彼の福島の某市長が仰られた言葉がたまらなかったです。
今もまだ、放射能問題は続いているのだと思った、重い言葉でした。それでも、そこで生きて行こうとしている人がいることを、応援して行かないといけないですよね。

助けてくれたことも、助けられたことも、どちらも忘れてはいけないことだと思います。
阪神淡路大震災は、今年で18年です。
地震大国の島国では、明日は我が身! いつ地震が来てもおかしくないし、いつ津波が来てもおかしくないのだと思って、心の隅にでも留めておかなければ……。

2013/01/21 (Mon) 00:14 | 和ぎ #jxT87rSU | URL | 編集 | 和ぎさん">返信

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